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宇都宮地方裁判所 昭和37年(わ)302号 判決 1962年12月24日

被告人 松本秀夫

昭一五・一二・二四生 無職

主文

被告を懲役壱年六月に処する。

未決勾留日数中六拾日を右刑に算入する。

この裁判が確定した日から参年間右刑の執行を猶予する。

押収してある、片面は日本銀行券五百円券の裏面で片面が白紙のもの一枚(昭和三七年押第七五号の五)、及び片面は日本銀行券五百円の表面で片面が白紙のもの一枚(前同押号の六)は、いずれもこれを没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、鳥肉店の店員をして居たが、昭和三七年九月一三日頃退職し、その後は就職先を探したり、パチンコをしたりして暮していたものであるが、

第一、同月二六日朝八時頃、肩書菊寮の自室の寝床のなかで同月二五日付の栃木新聞(昭和三七年押第七五号の四)に、日本銀行券五百円券(以下単に五百円と略称する。)などを表と裏の二片に剥離して別々に使つた者が居たという記事が載つているのを読み、当時金に困つていたところから、右記事を真似て五百円券を表と裏の二片に剥離したうえそれぞれ真正な五百円券らしく作り変え変造して行使しようという気持になり、その頃同所で、行使の目的をもつて、持つていた真正の五百円券一枚(V616139C号。)を手で揉みはがれ易くしてから表と裏を剥離して二片とし、更に模型飛行機を作るために買つておいた薄い白紙(前同押号の七は切取つた残りのもの。)を剃刀(前同押号の三)を用いて五百円券の大きさに切取り、これを右五百円券の表裏二片のそれぞれ印刷のない片面に糊で貼りつけ、よつて真正な五百円券一枚を、片面は真正な五百円券の表面であるが片面は白紙のもの一枚(前同押号の六。)及び片面は真正な銀行券の裏面であるが片面は白紙のもの一枚(前同押号の五。)に作り変えたのであるが、右二枚はいずれも片面こそ真正な銀行券の一部であるが片面は全くの白紙であり、しかも糊付けの技術も拙劣で手触りも真正な五百円券にくらべて著しく異り、通常人がこれを受けとるときは、直ちは真正な五百円券と同一の通用力のないことに気が付くほどで、通常人が真正な五百円券と誤認する程度に類似させることが出来ず、変造の目的を遂げなかつた

第二、右の五百円券を作り変えたものを、真正な五百円券のように見せかけて金品を騙取しようと考え

(一)  同日午前一〇時頃、宇都宮市川向町七五八番地煙草小売商中山マツ方において、同人に対し、片面は真正な五百円券の裏面であるが片面は白紙のもの(前同押号の五。)を、白紙の部分を内側にして四つ折りにし、恰かも真正な五百円券を四つ折りにしたもののように見せかけてその旨同女を誤信させたうえ、五百円券を百円硬貨に両替してくれるよう頼み、その場で同女から前記五百円券を作り変えたものと引換えに現金五〇〇円(百円硬貨五枚)の交付を受けてこれを騙取した

(二)  同日午前一〇時四五分頃、同市国鉄宇都宮駅前のパチンコ遊技場「駅前クラブ」玉売場において、店員の篠部延子に対し、片面は真正な五百円券の表面であるが片面は白紙のもの(前同押号の六。)を、五百円券の表面部分を上にして呈示し、恰かも真正な五百円券であるように見せかけてその旨同女を誤信させたうえ、パチンコ玉を五十円売つてくれるよう申入れ、よつて同女から前記五百円券を作り変えたものと引換にパチンコ玉五〇円分及び現金四五〇円の交付を受けてこれを騙取した

ものである。

(証拠の標目)(略)

(法律の適用)

被告人の判示第一の各通貨変造未遂の行為はいずれも刑法第一五一条、第一四八条第一項に、判示第二の各行為はいずれも同法第二四六条第一項にそれぞれ該当するが、右各通貨変造未遂の罪と当該通貨を作り変えたものを使用してなしたそれぞれの詐欺の罪とは通常手段結果の関係にあるから同法第五四条第一項後段により重い判示第一の罪の刑により処断することとし、いずれも所定刑中有期懲役刑を選択し、同法第四三条本文、第六八条第三号により未遂減軽をし、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文、第一〇条により犯情の重い判示第一の真正な五百円券の表面を用いた通貨変造未遂罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一年六月に処し、同法第二一条により未決勾留日数中、六〇日を右刑に算入するが、諸般の情状を考慮すると被告人についてはこの際刑の執行を猶予するのが相当であるから同法第二五条第一項第一号によりこの裁判が確定した日から三年間右刑の執行を猶予することとし、押収してある片面が五百円券の裏側で片面が白紙のもの一枚(昭和三七年押第七五号の五)及び片面が五百円券の表側で片面が白紙のもの(前同押号の六)はいずれも被告人の通貨変造未遂の罪を組成した物件で何人の所有も許さないものであるから同法第一九条第一項第一号第二項によりこれを没収することとし、訴訟費用については刑事訴訟法第一八一条第一項但書により被告人に負担させないこととする。

(訴因に対する判断)

検察官は、被告人が前示のとおり五百円券の表と裏を剥離して二片とし、それぞれ白紙で裏打ちして、片面は五百円券の表面であるが片面は白紙のもの一枚と片面は五百円券の裏面であるが片面は白紙のもの一枚に作り変えた行為は通貨偽造罪の構成要件に該当するとし、その真貨との類似の程度も通常人をして真正な通貨と誤認させるに足る程度にいたつているものであるから通貨偽造行為は既遂に達し、従つてその後被告人が右五百円券類似のものを中山マツ及び篠部延子に各交付した行為はそれぞれ偽造通貨行使罪の構成要件に該当するとして、通貨偽造、同行使罪の本位的訴因によつて本件起訴に及んでいる。

元来、通貨偽造行為と通貨変造行為とを区別するために種々の基準が考えられているけれども、一応、通貨を偽造する行為とは通貨の発行権を有しない者が、行使の目的をもつて恣に真正な通貨以外の物を材料として新たに偽貨を作成し、又は真正な通貨を材料として異種、又は同種の銘価の異なる通貨を作製する行為をいい、真正な通貨を基礎としてこれに加工し、同種同類の真正な通貨と類似する外観を有するものを作製する行為を通貨変造行為とするのが最も妥当ではないかと考えられる。従つて真正な通貨に加工する行為は、同種同額の通貨の外観を有するものを作製する行為である限り通貨を溶融又は細断し、或いはメツキ加工をし、絵具で塗り潰すなど既に通貨としての原型を識別できないようにして単なる原材料と同様に用いる場合を除いて(このような場合には既存の通貨を基礎として加工を加える行為の外観がないものというべきである。)一般に通貨変造行為に該当するというべきである。

そこで被告人の前示行為は、真正な五百円券を表と裏の二片に剥離したうえ、その各銀行券部分については、銘価又は印刷状態に全く変更を加えないで、同一銀行券の外観を保持させたまま薄い白紙を用いてそれぞれ裏打ちしたものであるから、真正な銀行券の外観を基礎としてこれに加工を加え同種同額の銀行券類似のものに作り変えた場合にあたり通貨変造行為に該当すると認めるのが相当である。

なお、被告人が恣に右五百円券の表と裏を剥離した結果、剥離された各銀行券部分は強制通用力を失つてしまつたのであるから、被告人の右行為はもともと法定の強制通用力を持たない廃貨を利用して同種同額の偽貨を作成する行為(一般には通貨偽造行為といわれている。)と同様、通貨偽造罪に該当するのではないかとも考えられるが、現在流通する各種銀行券はいずれも大蔵省告示によつてその様式が一定されていて、恣にこれに変更を加えて右様式を欠いたときはすべて法定の強制通用力は消滅してしまうことになるので、真正な通貨に加工して変造する行為であつても、その加工行為の過程中には当然に真正な通貨の様式を変更して強制通用力を消滅させる段階と、更に引続いて同種の真正な通貨に類似する外観を作り出す段階とがあるのであるから、加工の対象となつた真正な通貨の法定の強制通用力を失なわせた段階を捉え、その後の加工行為がすべて通貨偽造行為であるということになると結局通貨変造行為の存在する余地は殆どなくなつてしまうことにもなるのであつて、このような見解には左袒し難い。

更に被告人の右行為により一枚の真正な日本銀行券から二枚の銀行券類似のものが作製されているのではあるが、作製された二枚がいずれも通貨変造罪の要件を満たしていることは前示のとおりであるから、通貨変造行為中には加工の対象となつた通貨の個数が変更した場合を含まないとすれば、右のように外観上通貨変造罪の要件に該当するものまで強いて通貨偽造罪をもつて論ずることとなり、いずれか一方の一枚については通貨変造罪が成立し、他方については通貨偽造罪が成立するという奇妙な結果をも生じる虞れさえあるのであるから、真正な通貨を対象として加工を加えて作製されたものが前示の通貨変造行為の基準に該当する限り、その間の個数の変化を問わないで、全て通貨変造罪をもつて論ずることが相当であると考えられる。従つて被告人の右行為も真正な通貨から二個の変造通貨を作製しようとした二個の通貨変造行為と解するのが相当である。

次に右行為によつて作製された二枚の五百円券類似のものの外観について検討すると、前示のとおりそれぞれ片面は真正な日本銀行券五百円券の表側或いは裏側であるが、他方の片面は全くの白紙でしかも糊付け及び乾燥の技術が拙劣なこともあつて手触りも固く、通常人がこれを受け取るときは直ちに不審を抱き、たやすくその変造通貨であることを看破できる程度のものであるといわざるを得ないので、被告人の右変造行為はまた通常人をして真正な五百円券と誤認させるに足る外観を備えたものを作製したということはできないが、被告人が行使の目的で変造通貨を作製する行為を行つたことは明らかであるから、被告人の右行為は通貨変造行為に着手しながら材料の不足、技倆の未熟からその目的を遂げるにいたらず通貨変造未遂罪に該当するものであるといわなければならない。

検察官は、被告人が本件の五百円券を作り変えたものを行使した際中山マツ及び篠部延子がいずれもたやすく欺罔された事実を捉えて通貨偽造行為の既遂を主張するようであるが、作製された偽貨が一般人をして、真正な通貨と誤認させるに足る外観を有するか否かは、当該偽貨を行使する者が行使の便宜のために種々な欺罔手段を用いることとは別個に、作製された偽貨自体について客観的に観察されなければならないことであつて、中山マツ及び篠部延子が欺罔された原因も、本件の五百円券を作り変えたものの外観によつたというよりは、被告人が行使の際に、或いは白紙の部分を内側にして四つ折りにし、或いは白紙の部分を下にして呈示するなどの欺罔手段を用いたことにあるのであるから、同女らが欺罔された一事をもつて本件通貨変造行為が既遂に達しているということはできないないし、このことは被告人がその主観において通貨偽造若しくは変造行為を完成し、一般人をして真正な通貨と誤認させるに足る外観を作製したと信じていることによつても左右されるものではない。

以上検察官が本位的訴因によつて通貨偽造罪に該当すると主張した事実については、通貨変造未遂罪に該当するのみであるといわなければならないが、そうすると被告人が前示のとおり中山マツ及び篠部延子に交付した五百円券を作り変えたものは未だ偽造若しくは変造通貨ということはできないから、本位的訴因の偽造通貨行使罪は罪とならないことになるので前示のとおり予備的訴因の詐欺罪によつて認定した次第である。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤恒雄 福森浩 守屋克彦)

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